FC2ブログ
逗子葉山近辺でシステム開発業を生業としてる男の地を這うような日常。

匍匐前進の日々

PROFILE
たなb
  • たなb
  • フリーランスのエンジニアをしてます。
    システム開発中心。家族あり。

    運動不足をなんとかしたいです。


CATEGORY


RECENT ENTRIES


RECENT COMMENTS


RECENT TRACKBACKS


MONTHLY ARCHIVES


LINKS


SEARCH THIS SITE
ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト
ストーンズは大好きであった。
1990年の来日公演もみた。しかし、その後、彼らの老化とともに聴く回数は減っていった。

正直な話、でかいスタジアムでビジネスをやってる彼らを見る気はしないんである。他の老舗バンドにも言えることだが、年老いた人たちのバンドを見るぐらいなら、若手の元気で貪欲で実験的なライブを見たほうがずっと幸せなのである。
そもそも、ゴマ粒みたいなストーンズをスタジアムのスタンドから見ても俺は全く楽しくないし。

この映画も、アレです。ラストワルツのマーティン・スコセッシ監督+ストーンズという、齢50代60代のロックおじさんが泣いて喜ぶ組み合わせということでゲンナリしそうにもなったんですよ。いや、ラストワルツは素晴らしいと思ってますよ。けど、映画館で長髪おじさんがノスタルジックな昔語りしたりしてる絵を想像しちゃうと、なんかねー。

でも、TVで一部の映像を見たんですが、ちょっとかっこよかったんです。そそられてしまったんです。張り詰めた何かを感じたんです。
その理由のひとつは、撮影をニューヨークのビーコンシアターという2000人ぐらいしか入らないところで行ったってことかもしれません。
彼らはやはり小さいホールで観るに限るんですよ。観たことなんて無いけど。

ということで久々にストーンズの作品を観に行こうと思ってます。

シャイン・ア・ライト公式サイト

【2008/11/27 (Thu) 15:13】 映画 // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
このページの先頭へ
相棒 -劇場版 -
娘が見たいと言ってるので見にいった。俺もちょっと見たかったのです。

このドラマ、昼間や深夜に再放送してるんですが見るとはまってしまうので、忙しい時は見ないようにしていた。
時々神脚本があるんだよな。

映画の方は、あと3ヶ月ぐらい脚本煮つめたらもっとよくなったかもしれないのにとちょっと残念に思いました。「風が吹いてるうちに映画化→公開しないと」と急ぎすぎたのでは・・・と勝手に解釈してみる。

以下ややネタバレ。


[READ MORE...]
【2008/05/11 (Sun) 11:25】 映画 // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
このページの先頭へ
青春の残像
mixiでケン一氏の日記を読んで久々に小沢健二の「ある光」を聴く。

「青春」なんて、中年オヤジが口にすると非常に"きんもー"なワケですが、こうでも言わないと他に表現のしようが無い。
限られた世代でないと絶対書けない詞。絶対に表現できない世界。小沢健二という男は、そういう世界をしかるべき年齢のときに表現し得た稀有な人間の一人である。

そしてきっと俺のような青臭い人間は何歳になっても、こういう作品が持つ光に裸の心を照らされ、その奥底にほのかに映し出される青春の残像に涙するんである。

あ~、きんもー!!

新しい愛 新しい灯り
麻薬みたいに酔わせてくれる痛みをとき

連れてって 街に棲む音 メロディー
連れてって 心の中にある光

この線路を降りたら赤に青に黄に 願いは放たれるのか?
今そんなことばかり考えてる なぐさめてしまわずに

◆ある光 - 小沢健二 -

【2008/03/24 (Mon) 21:18】 映画 // TRACKBACK(0) // COMMENT(2)
このページの先頭へ
かもめ食堂
カミサンが「めがね」を見たいという。
俺も気になって調べてみると見たくなる。

すると、同じ監督が撮ったかもめ食堂に行き当たる。
まずはこれを見てみるかと。で、見てみた。

清清しい空気のような映画であった。
正確に言うと空気を空気と認識させてくれる映画だったというべきかもしれません。
フィンランドで和食を出す食堂を舞台に、丁寧な日常を丁寧に撮っていく。様々な事情を抱えた人間同士が普通に出会って友達になる。
何も押し付けず、主張しない。感動も押し付けない。
この駄文だけではそれが映画として成立するのかと思ってしまうかもしれん。
しかし成立してるんですよ。その理由は、映画ならではの非日常性と上記の普通の日々が絶妙に交じり合っているからだろうと愚考している。

清潔で開放的でセンスは良いが、まったくもって商売っ気の無いゆるい店舗。
冒頭ではまったく客も無い。いつ潰れてもおかしくない殺伐とした空気になりがちのはずが、店主の主人公(小林聡美さん)はそんなことは意にも介さず淡々と丁寧に暮らす。金持ちの道楽でもなさそうである。
しかし余計な理由づけなどはどうでもよくなり、見る人がフィクションをそのまま受け入れられる空気を映画が発散してるんである。それには舞台がフィンランドであるということも大きいかもしれん。
さらに非日常性を体現しているのがもたいまさこさん演じる謎の中年女性。もたいまさこさんという凄い女優さんが非日常を見事なまでにさりげなく演じておられる。逆にリアルな側を演じておられるのが片桐はいりさん。その中間でバランスを取っているのが小林聡美さんという位置づけ。

小林聡美さんがしょうが焼き定食やトンカツ定食を手際よく作っていくシーン。多くの人がこの料理シーンに魅せられたろう。
だんだんと人と人が繋がっていき、店が繁盛していく。人と人が繋がり関係が深くなっていくという日頃見慣れているはずの情景がとても輝いてみえたりする。

作品が見るひとを非日常の世界にさりげなくいざなってくれることで、自然とどのような日常にもドラマがあると気づかされていくのである。

まさにこれは原作の力、脚本、監督の演出、小林さんたちの演技、それとフィンランドの空気といった要素全てのおかげであるに相違ない。要するに素晴らしい映画でしたということです。
kamome.jpg


【2007/10/24 (Wed) 22:40】 映画 // TRACKBACK(0) // COMMENT(4)
このページの先頭へ
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:全国で公開 東京、大阪では700人が列
http://mantanweb.mainichi.co.jp/web/2007/09/700.html

エヴァンゲリオンがTV放映された頃、俺は、長野で比較的マッタリ暮らしていた。勿論、TV東京は映らないので、全く知らなかった。
いや、田舎というのはホントに凄い。ホントに情報が無い。
衛星放送があったからMTVとかは見てたが、アニメチャンネルは見ておらず、日本国内の情報には疎かった。周囲の若い子たちの話題にもエヴァは全くと言ってよいほど出ていなかった。経済事情を考えなければ全くもってのんきな毎日を過ごしてたのである。

この作品、TV版を見ることがあったんですが、今見ても正直あまりインパクトが無い。その理由としては、この作品を踏襲した今時のアニメを見ているということもありましょう。ただ、竹熊氏がおっしゃってるように、今でも当時の作り手の気合は充分に伝わってくる。
やり場のない終末感につつまれたあの時代に見るべきだったということですな。

※ ご参考(ヱヴァンゲリヲン新劇場版公開記念 竹熊健太郎、宮台真司対談 )↓
http://www.nicovideo.jp/watch/sm980267
http://www.nicovideo.jp/watch/sm981383

当時、自我と格闘する青春を過ごした人たちへのインパクトは凄かったでしょうよ。あの時代にしかるべき人がみてこそ、大きな衝撃となりうる作品だったと思う。
ていいますか、劇場版を観ないときっと最終的な評価は出来ないんだろうな。そのうち見ます。未解決な感じが気持ち悪いので。

そして、オウム事件が勃発した。

もうあれから10年以上経ってしまったんですなあ。
今見ると「そうそう。そんな時代だったよねー。」みたいな感想になってしまうのである。オウム事件もそう。今だに地下鉄サリン、松本サリンの後遺症で苦しんでおられる方はおられるというのに。
考えれば、今の時代、あの頃に比べて何かが良くなったか問われると、まったくもってそうではない。オウムの教祖が逮捕されて何かが終わった感じがしたもんだが、実は、何も終わってないし、何も始まってないし、何も良くなってない。行き交う情報量だけが増えて金持ちが増え、貧乏人も増えた。むしろ悪くなっているのではないかという気さえする。
結局、あの時代の延長線上にいることに気づくのである。リアルの世界はリセットなんぞは出来ないし、終末なんぞというものもこっちの都合で来るもんじゃないし、万が一来るにしても、おそらくそんなドラマチックなもんではないのである。

オウム真理教だって名前は変わったとは言え、いまだに元気なんでである。

だから、今、この作品を作るにあたって、それなりの必然性が庵野氏にはあるんでしょう。まさか大人の事情だけじゃあないでしょ。と思ってチェックすると結構評判が良い。
今公開されている「序」は、

しかしこないだ試写を見て、確かにストーリーとして完結させる意志は感じましたけど、そればかりではない画面の完成度を見て、ちょっと尋常ではないものを感じました。10年前の「夏エヴァ」も狂気と殺気がみなぎっていたフィルムでしたが、それとは別種類の殺気を感じたのです。それが何なのかは、まだよくわからないんですが。ただし「狂気」は感じませんでした。

映画の終わりに次回の予告編もついていて、それを見ると新キャラを含めて物語もかなり変わることが予想され、それ以上に以前のエヴァにあった「殺気」や「官能性」が失われてなかったので、「まだ期待できると思う」と東君に伝えたら、「…やっぱり見ようかな」と言ってました。 from たけくまメモ


とのこと。なんかそそられるでしょ?
ちょっと見たいんですけど忙しいんだよな。
とんかく問題は次回。結構楽しみです。観にいくかどうかは決めてませんが。
【2007/09/03 (Mon) 23:48】 映画 // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
このページの先頭へ
キサラギ
「キサラギ」、今日、息子と観て来た。

舞台のお芝居をスクリーン上で見せていただいているようで楽しめましたよ。

古沢良太さんの脚本は、細かいチェックをすれば、決して完全なものではないと思うし、洗練されてるかと言われるとそうでも無いと思うんだが、人の心を揺さぶらずにはおかない大きな力を持っていると思う。グイグイ見る人を引っ張って、最後にパズルのピースが合ったところで、ガーンと心臓を直撃する。直撃した後の照れ隠しのようなラストもオレ的には全然OKすよ、バキューン!バキューン!

そのせいかどうか、一度作品を咀嚼した後、役者さんの演技をもう一度観て楽しみたくなる。勿論、演出や役者さんの力というのもあるんだけどね。三丁目の夕日もそうだった。ツッコミどころもあるが、そんなものはどうでも良くなるような力がある。単純にベタと笑えない力が。
にしても古沢さんは、「手紙」に異常な執着があるように見える。メールではダメで手紙なんである。

役者さんたちは、おそらく映画風味と舞台風味の狭間で試行錯誤というか苦労があったと思うんだが、それぞれ持ち味が出てたな。
小栗旬という人は、あまり見たこと無かったんですが、単なるイケメン俳優では終わらない人だなと思いました。良い役者さんですね。

 20070728204910.jpg


【余談】
始まる前に「天然コケッコー」の予告を見る。脚本が「ジョゼと虎と魚たち」「メゾン・ド・ヒミコ」渡辺あやさん。実に良い感じ。主題歌はくるりときてる。もーーー。
と思ってたら、「河童のクゥと夏休み」というアニメ作品、絵が地味だったので、スルーしてたんだが、「クレしん大人帝国」「クレしん戦国大合戦」の原恵一監督作品と知る。チェックしてみるとこれまたそそられる。
いやほんとに邦画の良作期待作が多くて、洋画まで手が回りませんな。
【2007/07/28 (Sat) 20:49】 映画 // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
このページの先頭へ
コマンドー
見終わった。
もう5回ぐらい見てるんでないか。人がゴミのようだ。

さて、仕事するか。
【2007/07/21 (Sat) 00:40】 映画 // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
このページの先頭へ
フロム・ダスク・ティル・ドーンとゲド戦記
はい。まだ仕事中。

ゲド戦記のことを考えてたら、唐突に「フロム・ダスク・ティル・ドーン」という映画を思い出した。いや、自分がひねくれ過ぎていることは重々承知です。(以下ネタバレ含む)

ロバート・ロドリゲス監督、 クエンティン・タランティーノ脚本の爆笑映画である。前半はクライム・ロード・ムービーテイスト、後半はB級バイオレンスホラーといったテイスト。一粒で2度美味しいが、前半後半の脈絡が全く無いという破天荒な映画。
映画が終わって残るのは、前半のタランティーノの狂気じみた笑顔や、後半のバイオレンスの舞台となる酒場&娼家の呼び込みの台詞「○ッシー!プッ○ー!○ッシー大安売り!! 」や、吸血鬼の死に様や、ジョージ・クルーニーとジュリエット・ルイスがカッコ良く別れるラストシーンといった断片的なもの。
ポカーンとなる展開ながらも、ひとつひとつのシーンや脚本は妙にかっこいい。だが見事なまでに奥行きが無い(笑)
映画の構成要素をキチンと詰め込みつつも、あえて徹底的に中身の無い映画に仕上げている。

で、妙にこの映画が「ゲド戦記」と符合する。

前半後半の断絶感。シブリ映画の表層をなぞりつつも決して深みに足を突っ込まない脚本。中心人物の変貌。そして変身。必然性の無さ加減。

本当は、吾郎監督はジブリ映画の手法を表層的に踏襲するパロディ映画を作ることでジブリのステータスを破壊したかったのかもしれないと考えると面白いではないですか。壊し方が中途半端だったので悲惨な結果となってしまったが、その見方で見ていくと、「もうあと二頑張りだったのにね」という感想もありかなと思ったりした。
何故中途半端になってしまったのかを考えるに、ひとつだけ納得の行く答えが実はある。この映画の説教臭い台詞を全てジブリに向けての言葉として聞くと妙に筋が通るのである。ジブリスタイルを揶揄するだけにとどめとけば良かったものを、ジブリへのメッセージを含めてしまったところに敗因があったと考えると変に納得できてしまうのである。

考えてみたら、映画冒頭でいきなり主人公は親父を殺しているんですよ? 原作知らないけど。

 
【2007/07/18 (Wed) 00:56】 映画 // TRACKBACK(2) // COMMENT(0)
このページの先頭へ
/
Powered by FC2ブログ / Template by chocolat*
Copyright © 2005 匍匐前進の日々 All Rights Reserved.