逗子葉山近辺でシステム開発業を生業としてる男の地を這うような日常。

匍匐前進の日々

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たなb
  • たなb
  • フリーランスのエンジニアをしてます。
    システム開発中心。家族あり。

    運動不足をなんとかしたいです。


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やっぱ出たかー - PS3の泣ける話コピペ -
この文章は他にもバリエーションがある単なるコピペとわかってても泣ける。
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幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに私を育ててくれた。学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。それでも当時住んでいた土地はまだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。
娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。
10歳の誕生日、PS3を買ってもらえることになった。母が残業をがんばって、なんとかお金をつくってくれた。
私は生まれて初めて自分のゲーム機を持てることに興奮し、前の日はなかなか眠れなかった。

家電量販店に着き、積んであるPS3を見て母は呆然と立ちつくした。
 【62,790円】
手持ちが4万円しかなかった私たちは、諦めて回転寿司を食べて帰った。
このときだけは、200円のお皿のお寿司を食べてもいいよ、と言われた。デザートも食べた。
帰りの電車の中で無言の母に「おいしかったよ」と言ったら、母は「母ちゃん、バカでごめんね。ゲームがあんなに高いなんて」と言って涙を少しこぼした。
私は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命勉強をした。任天堂に就職でき、チーフプログラマーになり、子供に夢を与える仕事にやりがいを持った。自分が手がけたゲームを母に見せてやることもできた。

そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように「PS3ごめんね」と言った。私は「お寿司おいしかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。
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【2006/05/12 (Fri) 15:40】 日記 // TRACKBACK(0) // COMMENT(2)
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この記事に対するコメント
wwwwwww !ワロタ!
【2006/05/12 ()】 URL // かくさん #- [ 編集 ]

かくさん
このコピペ、またかと笑いつつもちょとだけほろっとしちゃうんですよ。
【2006/05/12 ()】 URL // たなb #- [ 編集 ]












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