逗子葉山近辺でシステム開発業を生業としてる男の地を這うような日常。

匍匐前進の日々

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たなb
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  • フリーランスのエンジニアをしてます。
    システム開発中心。家族あり。

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kawol - awareness
kawolのawarenessを聴く。
彼は、EPOなどのサポートをする傍ら、かなり変わった(笑)独自のソロ活動を展開しているミュージシャンである。

awarenessからは、彼が過去から今までの間に吸収して血肉となった様々な地域の音色、音階、ビート、思想や生活がより明確にカラフルに伝わってくるという印象をうけた。ただしカラフルと言っても色味にはクセがある(笑)
彼の音楽は商業性は皆無に聞えるが、今の巷で売られている音楽には無いものが確実に内在している。

いつもどおり、インプロビゼイションを主体として、音が流れていく。大小の波とともに時間が経過していく。時間は連続している。

聴いてるうちに、音楽というのは時とともにあるんだという、あまりに当たり前なことを再認識する。
音楽は人の生と同じく時の経過とともにあるはずのものだったのだと。

凡庸な俺は、普段、J-POPや洋楽、アイドルソング、エレクトロ、ジャズなどを分け隔てなく聴いてるわけだが、タラタラと聞き流してるうちに肝心なことを忘れかけていたかもしれん。
商業音楽というのは、宿命的にパッケージとして販売され、時間と共にあるはずの音楽からは時間の概念が消え「点」としてとらえてしまい勝ちなんだよな。
特にそれは日本において顕著で、時代、ジャンル、世代、地域、思想などの間に様々な断絶があり、結果として、音楽は丁寧に包装されたパッケージの中の塊のようなものになってしまった。
受け継がれることも歌い継がれることもなく。

またパソコンというのはパッケージとしての音楽を作るのに実に都合がよい。
勿論、手のかけ方や才能によって品質の良し悪しはあるものの、基本的にはコピーして張り付ければOKなシロモノなのだから。

不況ともなれば、音楽はいとも容易く打ち捨てられる。企業は楽団へのサポート打ち切り、ホールは取り壊され、レコード会社は縮小し、才能と志のあるミュージシャンや音響職人は廃業して田舎に帰ってしまった。

本来商業音楽の根っこには生活に根付いた音楽があってしかるべきなところが、日本って、根っこが無くて下がスッカスカなんである。かつてはあったはずなんだが・・・

こんなことを考えてタラタラと駄文を打ち込んでいる間にも、kawolの音は続いていく。
そのとき、その場でしか聴くことの出来ない事件のような演奏。
しかし、その演奏はその場限りの点とはならず、来週には違う場所でさらに何かを吸収し捨て去り変化を続け、時間とともに流れ続ける。
 
音楽は時間とともにある。
 

 
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【2011/03/09 (Wed) 23:14】 音楽 // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
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