逗子葉山近辺でシステム開発業を生業としてる男の地を這うような日常。

匍匐前進の日々

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たなb
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なんという慈愛と友愛じゃ
今となっては「友愛」と聞くと極度な落胆を伴った笑いが出てしまうんですが、大ばばさま、こんなことしゃべってたんかいと今更気づきました。

そういえば「友愛」って、団塊世代の合言葉みたいなものだったっけ。

実際、「友愛」という言葉からは、レンジの狭さというか、「敵」を想定した上での「身内」に対する愛情のような含みがあるよなと思ってたら、雪斎氏が由来を語っておりました。流石学者すなあ。

「友愛」理念の元ネタは、フランス革命の「自由・平等・博愛」の標語の中の「博愛」( fraternité フラテルニテ)であるけれども、それは、正確には「同志愛」と訳すべき言葉である。故に、フラテルニテにおける愛や善意は、「同志」の間だけで通用するものであって、「同志」でない人々には通用しない。だから、革命の最中、フラテルニテの言葉の下で恐怖政治が行われ、「同志と認められない人々」には、ギロチン処刑を含む呵責ない弾圧が加えられた。これが、フラテルニテの言葉の持つ「裏の歴史」である。そういえば、昔日の共産主義者は、仲間のことを「同志!」と呼びかけていたわけであるけれども、「総括」や「粛清」が相次いだ件の人々には、途方もない偏狭の匂いがある。



ネットでは、「あいつ、あんなこと言って総理に友愛されやしないか。」という使われ方がされますが、これはある意味正しいわけです。
 
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【2010/02/20 (Sat) 01:56】 アニメ // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
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