逗子葉山近辺でシステム開発業を生業としてる男の地を這うような日常。

匍匐前進の日々

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たなb
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    システム開発中心。家族あり。

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坂の上の雲 第1回
ちょwwww
めっちゃ金かかっとるwwww
めっちゃ金かかっとるwwww

ちょっと補足したいことがあった。
正岡子規は幼少時、祖父であり松山第一の儒者である大原観山の教えを受けたというのはドラマの中でやっておりました。
しかし、観山の後輩の儒者、土屋久明の教えを受けたというところが省かれておりました。

大原観山という人は武士の名残を多く持った人といわれてます。断髪令が施行されても"まげ"を切らず、子規にも"まげ"を切ることを許さず、外出時には脇差一本を帯びさせてたといいます。(子規は幼いながらも父が亡くなり当主になってましたからね。)
ここはドラマでもやってました。

観山は、子規が小学校にあがると後輩の土屋久明という元藩儒に子規の教育をゆだねます。
この人が俺としては大原観山以上に記憶に残っている人物であります。

維新のとき、元藩士には家禄奉還金(退職金みたいなもんか)が支給されまして、彼らは食うためにそれを元手に商売を始めたり利殖したりしたと。
しかし、土屋久明はそういったことを一切せず、その金を使い切ると「殿様から頂いた御金がこれでなくなったからもうよいじゃろ。」と言って食を断ち、餓死してしまったといいます。

秋山好古という人は、当時の貧窮の中にいた多くの士族がそうであったように、福沢諭吉の「学問のすすめ」の「自立」という考えに共振し、自分の力で身を立てることをシンプルに考え、軍人となるわけです。

しかし、それとは真逆に、土屋久明のように、あくまで世界の中で自分の身の置き所を「主君」と「家臣」という概念の中におさめ、それをこういう形で全うする壮絶な生き方も、鮮明に俺の心に残ってます。
 
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【2009/11/30 (Mon) 00:16】 TV・ラジオ // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
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