逗子葉山近辺でシステム開発業を生業としてる男の地を這うような日常。

匍匐前進の日々

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たなb
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    システム開発中心。家族あり。

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「彼女が頑張る力くれた」 河野義行さん、介護に献身
松本サリン事件の第1発見者、河野さんのご婦人が亡くなられた。
サリン事件の被害に遭い14年間意識が戻らず寝たきりとなったご婦人を氏は最後まで看病し看取られた。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008080590143350.html

松本サリン事件が起きたとき、「恐ろしい」と恐怖を語りつつも面白おかしく事件を邪推する人が多かった。
オウム真理教というテロ集団による無差別テロ攻撃の被害を蒙り、視聴率至上主義のメディア、メディアに踊らされる野次馬、キチンとした捜査もせず対面ばかりを取り繕う警察に踏みにじられながらも、自らの潔白を証明し、警察の行き過ぎた取調べに異を唱えた。

何が氏をそこまで強くしたのか。その答えが上の記事にあった。

 「逮捕が目の前にあった。もし妻がそのまま死んでしまっていたら、私は踏ん張りがきかなかった」。絶望的な状況に追い込まれた義行さんを支えたのは、澄子さんの存在だった。「実際に罪を犯していなくても、逮捕されれば妻を受け入れてくれる病院、施設がなくなる」。義行さんは妻を守るため「絶対に逮捕はさせない」と、弁護団を結成して潔白を主張したという。


その後の氏の生き様も実にまっすぐである。
2002年に当時の長野県知事、田中康夫の要請を受け、長野県警を監督する長野県公安委員を勤めた。生坂ダム殺人事件で田中知事は長野県警の捜査ミス糾弾への協力を期待したが、河野氏は当時の捜査資料から捜査ミスやむなしという判断をし発表し、その後役職を更迭された。
河野氏としては20年以上前の捜査資料を元に捜査に問題があったかを判断するより他ない。結果上記の判断をし、警察は謝罪していると「長野県警側」の立場をとった。
田中氏は失望し、左よりのメディアは河野氏は変わったと叩いたらしいが、冷静に見れば、田中氏の思惑に乗っかった瞬間、サリン事件以来氏を支えてきたものが崩れてしまうのである。

氏はとどのつまりはどちらの側にもぶれない「普通の人間」たろうとしたまでではないか。

「妻へは、『おれたちの人生楽しかったよね』と伝えたい」。義行さんは静かに話した。



こういう人が市井に一人でも多く暮らしていると思いたい。
ご婦人のご冥福をお祈りいたします。

◆BGM:Sigur Ros - Olsen Olsen
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【2008/08/05 (Tue) 20:33】 ニュース // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
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