逗子葉山近辺でシステム開発業を生業としてる男の地を這うような日常。

匍匐前進の日々

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たなb
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許せない歌詞
最初に謝っておきます。大人げなくてすみません。
20歳そこそこの発展途上の歌手さん相手に何怒っとんのかと笑ってください。

運転中、ラジオから青山テルマさんの新曲「何度も」という曲が流れてきた。
その中にこんな詞が出てくる。

海沿いの防波堤 何度も何度も君を思って」

海沿いて。ふざけんなと。歌詞を熟考して作ってんのかと。
防波堤は海沿いにある建造物です。海沿い以外の場所で防波堤を見たことがありますかと。
要するに、この「海沿いの」という言葉は、この曲においてまったく意味をなしていないのである。あえておかしな使い方をして深みを出してるわけでもなく、単に無駄な言葉なのである。百歩譲って海というキーワードを入れたかったとしてもこの詩情の無さは何?と。

無意味さを売りにしてる曲ではないわけですから。何この手抜き感と思ってしまうわけですよ。

詞というのは短い文章で思いを表現するための手段であるからして、プロの表現者ならば、言葉ひとつひとつに執着しなければいかん。
あきらかに手抜きでしょ。でなければバカですかと。
プロデューサーとかも指摘するべきでしょ。これは酷いと。プロデューサーごと手抜きですかと。あるいは、全員バカですかと。

全体的に手抜き感溢れる作品なんだよな。
女子高生ならこんなもんでOKなんじゃね?的、携帯小説的な手抜き感。

こういう作品が最近多い。
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【2008/06/27 (Fri) 22:36】 音楽 // TRACKBACK(0) // COMMENT(8)
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この記事に対するコメント
そうですねぇ。昭和歌謡の作詞家だったら絶対に書かない
ような安易な詩が多すぎます。

今振り返ってみると、作詞・作曲のレベルの違いが如実に
見える。70年代に現れたニューミュージックの担い手は
対向として、芸能界の大先生が居たから、力を付けて
勝負ってのがあったと思うのだけれど、壁として立ちふさ
がる存在が今はないから、力の付けようがないのかなっと。

ではまた!
【2008/06/29 ()】 URL // えいねん #SFo5/nok [ 編集 ]

えいねんさん、こんばんは。
人に感動を与えたり行動に駆り立てたりという詞を書ける人って作曲者と同じで限られると思うんですよね。
いつから、J-POPの世界は明らかに表現力が乏しい素人に詞を書かせるようになったんだろうなと思います。まだゴーストライターを使ってくれた方がましです。百歩譲って表現力の無い人に書かせたとしても、おかしいところはキチンとプロデューサーが添削して世に出すべきでしょう。それすらしていないというのは、製作姿勢が手抜きになってるとしか思えません。
明らかに中高生をターゲットとする曲を出している人たちが特に酷いと思います。
【2008/06/29 ()】 URL // たなb #- [ 編集 ]

まったくそうだ!
いや、大人げなく私も怒りたいです。もしかしたら最近の子って防波堤って知らなくて、説明の意味で海沿いの~といれてるのかも。コワイですな。頭痛が痛いみたい。
【2008/06/29 ()】 URL // かくさん #- [ 編集 ]

かくさん、どもです。
なるほど、あえて説明する意図があったりするのかもしれませんね。
ゆとり世代の考え方は想像のはるか斜め上を行きますからねー。
【2008/06/29 ()】 URL // たなb #- [ 編集 ]

海沿い以外に防波堤があるという意味では
おかしいかもしれません。
ですが
若い私たちに防波堤と単に言われても
わからない人がいるんです。
そんなとき「海沿い」という言葉があれば
私たちにも防波堤がわかるんです。

そういう意味でつくられてなくて、
ただ単に手抜きなのかもしれません。

ですが
別に変だとも思いません。
ここで批判するのは
どうかと思いました。

失礼します。
【2008/07/15 ()】 URL // m #JalddpaA [ 編集 ]

m様、コメントありがとうございます。

>別に変だとも思いません。
そういう人がおられても良いとは思います。しかし、変だと思う私のような人間もいるわけです。それは仕方のないことですよね。
>ここで批判するのはどうかと思いました。
もしかすると貴方は青山さんのファンであり、私の文を読んで気分を害されたのかもしれませんね。申し訳ないとも思いますが、ある程度自分の意思を自由に書けなければブログをやっている意味も無いことをご理解ください。
批判を受ける作詞家さんについてはプロですから、評価され大きな収入を得ることもありますし、自分の作品がまな板の上に載せられ批判を受けることもあります。批判に晒される覚悟は当然持っているでしょう。

>若い私たちに防波堤と単に言われても わからない人がいるんです。
その意図もあって海というキーワードを入れた可能性もあると思います。海と防波堤を絵として連想させたいという意図ですね。本文にも書きましたが、そうだとしても「海沿い」と「防波堤」を「の」でつなぐというのではあまりに素人的というか説明的すぎて詩情もへったくれも無いではありませんか。この部分はプロなら書きながら絶対に気づき悩んでいると思いますよ。

もし、今回のエントリに反論をされるのであれば、「ブログで批判をすること」に対する批判ではなく、私の批判が的外れであることを指摘いただくと嬉しく思います。
その内容が理にかなっていれば私も新しい観点を得ることが出来るわけですし、自分の見解が軽薄だったとためらい無く謝ると思います。
【2008/07/15 ()】 URL // たなb #- [ 編集 ]

記事には同意なのですが、ゆとり世代は~と言うような方だったのが残念です。
年長の者が年少の者を非難するのは世の常ですが、ゆとり世代という言葉は、ただの悪口の代名詞のようで引っ掛かります。
生まれてきた時期だけで色眼鏡をかける方々が、そのうち弱って、彼らの力が必要になったとき、“世話してもらうのは当たり前”という態度をとるならば、随分身勝手だなと感じてしまいます。
そんな態度をとっても、優しい彼らなら助けてくれるかもしれませんが。

彼らが力を発揮するために、発破を掛けられる愛のこもった言葉として使われているなら、いいと思うんですよ。
弱って助けが必要になったとき、力を持った彼らに捨てられないよう、私達も頑張らなければならないですね。
【2009/01/21 ()】 URL // ソクディアナ #8Zcb/IVM [ 編集 ]

あぁ様
僕にとって「ゆとり世代」というのは「ゆとり教育を受けた人たち」です。それ以上でもそれ以下でもありません。
ゆとり教育を受けた子達は、当然、叩き込まれた知識の量が少ない。それが故に、僕等世代が想像をしない答えを返してくる場合があることは事実かなと思います。
ゆとり世代の良さも当然僕はあると思っています。おそらく僕等世代に比べると固定観念や常識に囚われないクリエイティブな仕事をする可能性がある人たちと考えてます。
【2009/01/21 ()】 URL // たなb #- [ 編集 ]












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